دسترسی نامحدود
برای کاربرانی که ثبت نام کرده اند
برای ارتباط با ما می توانید از طریق شماره موبایل زیر از طریق تماس و پیامک با ما در ارتباط باشید
در صورت عدم پاسخ گویی از طریق پیامک با پشتیبان در ارتباط باشید
برای کاربرانی که ثبت نام کرده اند
درصورت عدم همخوانی توضیحات با کتاب
از ساعت 7 صبح تا 10 شب
ویرایش: نویسندگان: 橘成季, (校注) 西尾光一, 小林保治 سری: 新潮日本古典集成 ISBN (شابک) : 9784106203596, 9784106203763 ناشر: 新潮社 سال نشر: 1983, 1986 تعداد صفحات: 1027 زبان: Japanese فرمت فایل : PDF (درصورت درخواست کاربر به PDF، EPUB یا AZW3 تبدیل می شود) حجم فایل: 151 مگابایت
در صورت تبدیل فایل کتاب 古今著聞集 上・下 به فرمت های PDF، EPUB، AZW3، MOBI و یا DJVU می توانید به پشتیبان اطلاع دهید تا فایل مورد نظر را تبدیل نمایند.
توجه داشته باشید کتاب کوکینشوبونشو (1/2) نسخه زبان اصلی می باشد و کتاب ترجمه شده به فارسی نمی باشد. وبسایت اینترنشنال لایبرری ارائه دهنده کتاب های زبان اصلی می باشد و هیچ گونه کتاب ترجمه شده یا نوشته شده به فارسی را ارائه نمی دهد.
古今著聞集・上 目次 細目 凡例 古今著聞集 序 古今著聞集 巻第一 神祇 第一 一、(序)天地開闢以来神祀祭祀の事 二、内侍所焼亡の事 三、貞崇法師勅命念仏の折、稲荷神託宣の事 四、新羅明神、三井寺に垂迹して和歌を託宣の事 五、慈覚大師如法経書写の折、住吉神託宣の事 六、北野宰相菅原輔正、安楽寺に塔婆造営の時、聖廟託宣の事 七、上総守時重、夢に日吉十禅師の神感を受け、神詠を賜る事 八、延暦・園城両寺天台座主を争ふ事 九、伊勢の荒祭宮、度々の託宣に依り、祭主大中臣佐国を配流し、また召還せしめたる事 一〇、上総国一宮の若宮誕生の託宣に依り、明珠を得る事 一一、貴船沈没に逆鱗の宣旨に依り、広田社の辺の木一夜に枯るる事 一二、孔子の夢の告に依り、大学寮の廟供に猪鹿を供へざる事 一三、春日大明神の託宣に依り、知足院忠実還任の事 一四、右衛門督源顕通、公卿勅使となり宸筆の宣命を落す事 一五、周防国島明神霊験の事 一六、賀茂社司左衛門大夫源康季神慮に叶ふ事 一七、大宮大夫源師頼、祈雨奉幣の宣命を作り、神感ありて降雨の事 一八、興福寺別当隆覚法印、軍兵を発し反対派の衆徒を攻め寺を焼かんとするに、春日社神異の事 一九、徳大寺実能の熊野詣と随行の垢離棹の事 二〇、後徳大寺実定、昇任祈請のため春日神社・厳島神社に参籠の事 二一、賀茂大明神、仁和寺辺の女と祝久継の夢に、日本国を捨て給ふべき由託宣の事 二二、高倉院厳島御幸の折、自ら願文を草し給ふ事 二三、興福寺の僧八幡に参籠し、夢に春日・八幡両大明神の託宣を得たる事 二四、八幡に通夜の夜、夢に北条義時は武内宿禰の後身と知る事 二五、前攝津守橘以政、四位の申文を賀茂社に捧ぐる事 二六、俊乗房重源、東大寺建立の願を発し大神宮に参籠の事 二七、盲人熊野社に祈請、夢に先世の報を知らされ、懺悔して明眼を得る事 二八、助僧正覚讃、夢に若王子託宣の歌を賜る事 二九、河内守繁雅、賀茂の御前にて中原師方大外記拝任を夢に見る事 三〇、前大和守重澄、賀茂社・稲荷社に祈請して兵衛尉となる事(抄入) 三一、大夫史小槻淳方、賀茂社に参籠し、夢に神の告あり、禰宜祐頼の子祐継を師としたる事(抄入) 三二、二条宰相藤原雅経、賀茂社に日参、利生を蒙る事(抄入) 三三、伊予守信隆、神事を怠り家居焼亡の事(抄入) 古今著聞集 巻第二 釈教 第二 三四、(序)百済国より仏教伝来の事 三五、聖徳太子、物部守屋を滅して仏法を弘め給ふ事 三六、当麻寺と当麻曼陀羅の事 三七、行基菩薩、昆陽寺を建立の事 三八、嵯峨天皇宸筆の心経と弘法大師の御記の事 三九、伝教大師渡海の願を遂げんための作善と宇佐宮託宣の事 四〇、智証大師の帰朝を新羅明神擁護し、園城寺再興の事(抄入) 四一、聖宝僧正、東大寺東房に住み鬼神を退散せしむる事 四二、貞崇禅師、金峰山の阿古谷の龍の神変について述ぶる事(抄入) 四三、香隆寺僧正寛空法験の事 四四、寛忠僧都、行業つもり霊験すぐれたる事 四五、貞祟法師、火雷天神と問答の事 四六、浄蔵法師、己が前生の骸骨を見たる事並びに験者修入と験くらべの事 四七、空也上人、念仏三昧を弘むる事 四八、千観内供、空也上人の教へにて遁世、阿弥陀和讃を作る事 四九、一乗院大僧都定昭法験の事 五〇、大御室性信親王有験の事 五一、永観律師往生極楽の事 五二、平等院僧正行尊霊験の事 五三、大原良忍上人、融通念仏を弘むる事 五四、大原山の住人少将の聖、三十余年常行三昧の事 五五、宇治左府頼長、定信入道を礼拝の事 五六、慈心房尊恵、閻魔王の屈請に依りて法華経転読の事 五七、西行法師、大峰に入り難行苦行の事 五八、蓮華王院後戸の辺に功徳水出づる事 五九、平清盛、福原にて持経者千僧の法華経転読の事 六〇、高倉院の御時、内裏の最勝講に澄憲法印祈雨の事 六一、解脱房貞慶、法文宗義を談ぜざる事 六二、鎌倉右大将源頼朝、善光寺如来の印相の不思議を語る事 六三、源空上人念仏往生の事 六四、高弁上人、例の人に非ざる事 六五、越後僧正親厳の持ちたりける法華経の事 六六、後鳥羽院、聖覚法印に一念多念の義を尋ね給ふ事 六七、長谷観音、宝珠を准后藤原家実に賜ふ事 六八、大中臣親守・長家大般若経書写の事 六九、検非違使庁の結縁経再興の事 七〇、生智法師渡唐の時、観音の利生を蒙る事 七一、湛空上人、涅槃会を行ふ事 七二、書写上人法華経書写功徳につき、炎魔宮より申し送りの事 古今著聞集 巻第三 政道忠臣 第三 七三、(序)君は仁を以て臣を使ひ、臣は忠を以て君に仕へ奉る事 七四、寛平法皇、延喜聖主に御遺戒の事 七五、菅原道真、醍醐天皇の乾臨閣遊覧を諌め奉る事 七六、村上天皇、政道を年長ける下部に問ひ給ふ事 七七、大納言斉信の消息に、先代には節会の袍借献とありし事 七八、後朱雀院、右大臣実資に仰せて装束の過差を止めらるる事 七九、小野宮実頼・九条師輔、藤原朝光・済時兄弟、藤原良実・実経等同車の事 八〇、後三條院、権左中弁隆方を越えて実政を左中弁に任ぜられたる事 八一、後三條院、律令格式に違はざる旨宣命に書き給ふ事 八二、大江匡房、道理にて取りたる物、非道にて取りたる物をわけ、各一艘に積み帰京の事 八三、寛治八年内裏焼亡の際、中御門の右府宗忠宿侍の事 八四、徳大寺の左府実能、右大将昇任の翌年鳥羽院の強き要請にて、中院の右府雅定左大将に任命せられたる事 八五、葉室光頼、その子光方の着駄の政を見て辞状を書く事 八六、帥大納言隆季、福原遷都大神宮の神慮に叶はざる旨、夢に見たる事 八七、前右兵衛佐頼朝の謀反につき群議の事 公事 第四 八八、(序)年間の公事の典礼一に非ざる事 八九、蔵人能通、臨時の祭の舞人を辞し、侍従たりし宇治殿頼通、これに代りたるを見物の事 九〇、堀河右大臣頼宗、束帯にて殿上の日給にあふべしとの起請を破る事 九一、権大納言行成、大納言斉信の失錯を扇に注す事 九二、宇治の大納言隆国、臨時祭の陪従を勤むる事 九三、進士判官経仲、樹上の児を勘問の事 九四、関白師実家の臨時客の後に随身に着衣を授くる事 九五、左近将曹久季、豊明節会にまづ膝突を敷きて外記を召す事 九六、祟徳院の拝礼に八条の太政大臣実行一拝再致の事 九七、藤原頼長、最勝講の購読師座の立て様につき僻説による差図を悔いて怠状を送る事 九八、保元三年の正月、長元以来中絶の内宴再興の事 九九、後白河院御熊野詣の折、紀伊国司御前に松煙を積む事 一〇〇、九条兼実節会の際、物を食ふやう沙汰し、節会の内弁実房まづ食を取る事 一〇一、中山の太政大臣頼実、県召除目に筥文の三の節を夜ごとに換えてとる事 一〇二、光明峰寺の左大将道家、京官除目にさきの人の置違えたる硯筥を置改めたる事 一〇三、後鳥羽院、内弁の作法を藤原基房に習い給ふ事 一〇四、後鳥羽院、白馬の節会習礼の事 一〇五、順徳院御位の御時、賭弓の行事を模し主上の御まねなどして戯れ、後鳥羽院の逆鱗に触れたる事 古今著聞集 巻第四 文学 第五 一〇六、(序)文学の起源と効用の事 一〇七、百済国より博士、経典を相具して来貢の事 一〇八、大江朝綱、夢中に白楽天と問答の事 一〇九、天暦の御時、大江朝綱・菅原文時に白氏文集第一の詩をえらばしめ給ふ事 一一〇、源相規の安楽寺作文序に天神御感の事 一一一、橘直幹が秀句を奝念上人偽りて自作と称し披露したる事 一一二、渤海の人、大江朝綱が秀句に感涙を流す事 一一三、都良香、竹生島に参りて作詩し、弁財天の夢の告を蒙りて下句を得る事(抄入) 一一四、源為憲、大江以言の佳句披講の座にて感泣の事 一一五、式部大輔永範、宝荘厳院の詩歌合せの折秀句の事(抄入) 一一六、元稹が秀句に隱君子感銘の事(抄入) 一一七、鬼神、菅原文時の家を拝する事 一一八、大内記善滋保胤、匡衡・斉名・以言等を評する事 一一九、大江匡房、高麗より要請の医師派遣を断る返牒に秀句の事 一二〇、大江匡房、夢想によりて安楽寺祭を始むる事 一二一、尚歯会の起源と天承元年三月藤原宗忠の尚歯会の事 一二二、式部大輔菅原在良、侍読として初めて鳥羽天皇の御前に参る事 一二三、勧学院の学生集まりて酒宴の時、惟宗隆頼自ら首座に着く事 一二四、宇治左府頼長周易を学ぶ事 一二五、宋朝商客劉文冲、左府頼長に典籍を贈る事 一二六、宇治左府頼長、院宣により学問料の試を行ふ事 一二七、蔵人所にての直講の試に中原師直撰ばるる事 一二八、少納言入道信西が家にて藤原敦周が秀句の事 一二九、後徳大寺左大臣実定、風月の才人に優れたる事 一三〇、内裏にて作文の折、高倉院御秀句の事 一三一、高倉院、中殿にて御作文の事 一三二、権右中弁定長、北野の宮寺にて作文の事 一三三、素俊法師が秀句の事 一三四、枇杷大納言延光の夢に村上天皇御製を賜ふ事(抄入) 一三五、後三条院御秀句の事(抄入) 一三六、中納言顕基出家道心の事(抄入) 一三七、菅丞相太宰府に左遷の後、恩賜の御衣を拝して作詞の事(抄入) 一三八、大江朝綱が願文、秀句の事(抄入) 一三九、橘正通、具平親王家の作文序に述懐の事(抄入) 一四〇、東北院の念仏の折、民部卿斉信、斉名が秀句を朗詠の事(抄入) 一四一、内裏焼亡の折、村上天皇、直幹が申文を惜しみ給ふ事(抄入) 古今著聞集 巻第五 和歌 第六 一四二、(序)和歌の起源と効用の事 一四三、玄賓僧都、位記を樹枝にはさみて詠歌逐電の事 一四四、弘徽殿の女御の歌合せに文字鎖の折句の事 一四五、花山院、紅梅の御歌の事 一四六、花山院・弾正宮の上、東院にて御歌の事 一四七、東三条院、撫子合せの事 一四八、帯刀の陣の十番の歌合せの事 一四九、民部卿泰憲、白紙を置きて詠歌の席より退出の事 一五〇、斎院撰子内親王、花見の殿上人に柳の枝を賜ふ事 一五一、平等院僧正行尊、詠歌して住吉神主国基が家に宿らざりし事 一五二、藤原基俊、小童と問答の事 一五三、唐人連歌の事 一五四、八条太政大臣実行、斎宮と和歌贈答の事 一五五、鳥羽法皇、御歌を諸臣に賜ふ事 一五六、西行法師、崇徳院の讃岐配流を悲しみ、寂念と唱和の事 一五七、西行法師、和歌を兵衛局に贈る事 一五八、二条天皇、御方違のため押小路殿に行幸御遊の事 一五九、関白基実、内の女房と女御殿の女房と雪月連歌を唱和せしむる事 一六〇、二条天皇中宮育子、連歌を唱和し給ふ事 一六一、頭中将家通、頭亮邦綱の使を引き留めて返歌の事 一六二、いろは連歌の事 一六三、敦頼入道道因、大納言実国を訪い和歌唱和の事 一六四、瞻西上人、雲居寺を造畢し和歌曼荼羅を図絵したる事 一六五、後徳大寺左大臣実定、住吉歌合に秀歌を詠み、明神感応し給ふ事 一六六、広田社の歌合せに左大弁実綱、沈淪述懐の歌を詠みたる事(一部抄入) 一六七、伊通公参議の時、中納言に任ぜられず恨みに堪えずして辞職の事(抄入) 一六八、御堂関白道長大井川遊覧の時、四条大納言公任和歌の船に乗る事(抄入) 一六九、白河院大井川行幸の時、民部卿経信三船に乗る事(抄入) 一七〇、後三条院住吉社に臨幸の時、経信秀歌を詠じ、子の俊頼にその批評を求むる事(抄入) 一七一、能因法師の祈雨の歌と白河関の歌の事(抄入) 一七二、待賢門院の女房加賀の伏柴の歌の事(抄入) 一七三、或る女とその娘、石清水に参籠して利生を蒙る事(抄入) 一七四、和泉式部、貴布禰に詣でて詠歌の事(抄入) 一七五、小式部内侍、歌に依りて病癒ゆる事(抄入) 一七六、大江挙周、赤染衛門の歌に依りて病癒える事(抄入) 一七七、鳥羽法皇の女房小大進、歌に依りて北野の神助を蒙る事(抄入) 一七八、修理大夫顕季、六条東の洞院亭にて人麻呂影供を行ふ事(抄入) 一七九、望夫石の故事ならびにしららの姫公の歌の事(抄入) 一八〇、松浦佐夜姫の歌の事(抄入) 一八一、内舎人なるもの、大納言の女を盗みて奥州浅香郡に逃ぐる事(抄入) 一八二、小野小町が壮衰の事(抄入) 一八三、小式部内侍が大江山の歌の事(抄入) 一八四、大江匡衡、和歌を詠じ和琴の弾奏を断る事(抄入) 一八五、田舎上りの兵士の水上月の秀歌と大宮先生義定が尾上松の秀歌の事(抄入) 一八六、物乞の法師、琴弾く女に応えて詠歌の事(抄入) 一八七、阿闍利仁俊、北野社に祈りて詠歌し感応ある事(抄入) 一八八、月次御屏風の歌に平兼盛擣衣を詠じ、紀時文これを難じて恥をみる事(抄入) 一八九、祟徳院、百首歌に同じ五文字の句を詠まざるか否かを左京大夫顕輔に問はせ給ふ事(抄入) 一九〇、花園左大臣家の侍が青柳の歌と紀友則が初鴈の歌の事(抄入) 一九一、藤原長能、三月尽の夜の詠歌を四条大納言公任に難ぜられて病死の事(抄入) 一九二、別当惟方、配所にて述懐の歌を詠じ召還の事(抄入) 一九三、後鳥羽院の御時、俊成和歌を奏して定家勅勘を免ぜらるる事(抄入) 一九四、壬生家隆、臨終に七首の和歌を廻向の事(抄入) 一九五、大納言宗家の室右衛門佐、詠歌に依りて再び迎えらるる事(抄入) 一九六、徳大寺右大臣実家、獅子形の枕に歌を隠し入れて女房に贈る事(抄入) 一九七、大江定基、鏡売の女の歌に依りて道心を固め、出家入唐の事(抄入) 一九八、宗順阿闍梨、醍醐の桜会にて童舞の美童に歌を贈る事(抄入) 一九九、丹波守玉淵が女白女、歌を詠みて禄を賜る事(抄入) 二〇〇、河内重如、自ら女房の許に往きて艶歌を贈る事(抄入) 二〇一、和泉式部田刈る童に襖を借り、童式部に艶歌を贈る事(抄入) 二〇二、宇治入道、顕輔の秀歌に感じその侍女を遣はす事(抄入) 二〇三、前大宮大進清輔、宝荘厳院にて和歌の尚歯会を行ふ事 二〇四、清輔所伝の人丸影の事 二〇五、賀茂神主重保、尚歯会を行ふ事 二〇六、隆信朝臣、和歌を大納言実国に贈る事 二〇七、中納言実国、和歌を三位中将実定に贈る事 二〇八、左衛門督実国家歌合せにおける頼政の秀歌に実国和歌を贈る事 二〇九、大納言実国、少将隆房の車の風流に感じ、その父隆季に歌を贈る事 二一〇、修理大夫経盛、和歌を大納言実国に贈る事 二一一、仁和寺の佐法印、山吹着たる童と和歌の唱和の事 二一二、西行法師の御裳濯歌合と宮川歌合の事 二一三、解脱上人、思ひ余りての詠歌の事 二一四、前右大将頼朝、自筆の和歌にて下文を賜る事 二一五、右大将頼朝、北条時政と連歌の事 二一六、生侍の許にて草売り詠歌の事 二一七、藤原家隆、土御門院御百首の合点を藤原定家に乞ひ、また後嵯峨院の百首に感涙を流せる事 二一八、松殿僧正行意の夢に鬼神家隆の歌を詠吟の事 二一九、陰明門院中宮の時、六事の題を賜り、定家・家隆同じ古歌を書きて参らせたる事 二二〇、後鳥羽院の御時、木工権頭孝道琵琶に付けて和歌を奉る事 二二一、順徳院御位の時、藤原知家の和歌叡感を蒙る事 二二二、西音法師の秀句叡感を蒙り、後鳥羽院の宸筆を賜る事 二二三、法深房孝時、父孝道と不快の比、笛を取り返されて出家を遂げる事 二二四、藤原家隆七十七歳の七月、九条前内大臣良通の許に和歌を贈る事 二二五、後嵯峨天皇、雪の暁に冷泉前右府に御製を賜ふ事 二二六、前太政大臣西園寺実氏、五代帝王の御筆を後嵯峨上皇に献上の事 二二七、住吉神社の修理に当たり、古来の詩歌失せ果てたるを見て或る人詠歌の事 二二八、中間法師常在の詠歌に女房ども沈黙の事 二二九、真観法師、仙洞の御会を固辞し一首の和歌を奉る事 古今著聞集 巻第六 管弦歌舞 第七 二三〇、(序)管絃は讃仏敬神の庭、礼義宴飫の筵に欠くべからざる事 二三一、貞保親王桂川の山庄にて放遊の時、廉承武が霊現はるる事 二三二、延喜四年大井川行幸の折、雅明親王万歳楽を舞ひ給ふ事 二三三、延喜二十一年十月、八条大将保忠勅を受け舞を奏する事 二三四、延長四年正月、桜花宴の御遊の事 二三五、延長六年三月尽の宴の事 二三六、延長七年三月、踏歌後宴の御遊の事 二三七、右近将曹伴野貞行、帰徳曲に松を棄てて舞ふ事 二三八、天暦元年正月、内宴に重明親王琴を弾ずる事 二三九、天暦三年四月、藤花宴の御遊の事 二四〇、天暦五年正月、内宴に重明親王等管弦の事 二四一、天暦七年十月、庚申の御遊の事 二四二、藤原実資童の折、納蘇利を舞ふ事 二四三、大宮右府俊家の唱歌に多政方舞を仕る事 二四四、博雅三位の生誕の時、天上に音楽ある事并びに双調の君と呼ばれたる事 二四五、秘曲其駒の事 二四六、前筑前守兼俊、笙の試に管中の平蛛を喉にのみ入るる事 二四七、多政資、平等院一切経会に秘曲を奏する事 二四八、大外記中原貞親、白河院の花宴に殿上人と並びて奏楽の事 二四九、大弐資通、管弦者を伴いて金峯山に詣づる事 二五〇、篳篥吹遠理、篳篥を吹きて雨を祈請の事 二五一、志賀僧正、用枝の篳篥を聴き初めて感涙の事 二五二、後三条院、中御門大納言宗俊の筝に叡感の事 二五三、御琵琶、牧馬・玄象勝劣無き事 二五四、琵琶の明匠大納言宗俊の事 二五五、源義光、足柄山にて笙の秘曲を豊原時秋に授くる事 二五六、藤原博定、池の中島にて太鼓を打ち大神元正感じ入る事 二五七、前所衆延章、太鼓を打ち拍子を過つ事 二五八、嘉保二年八月院に行幸の折、狛光季賀殿地久を奉舞の事 二五九、長治二年正月朝覲行幸の折、中院右大臣雅定童舞の事 二六〇、嘉承二年三月、堀河天皇鳥羽院に行幸ありて御遊の事 二六一、堀河院、節会に急ぎ入御ありて皇帝を吹き給ふ事 二六二、堀河院の御時、平調の御遊に非管弦者顕雅笑はるる事 二六三、堀河院の御時、殿上と地下の楽敵に地下勝つ事 二六四、数寄者源頼能、玉手信近に従ひ横笛を習ふ事 二六五、知足院忠実、大権房をして咤祇尼の法を行はしむる事並びに福天神の事 二六六、侍従大納言成通、今様を以て物の怪の病を治する事 二六七、天永三年三月、御賀の後宴に御遊の事 二六八、京極太政大臣宗輔、陵王の乱序を吹きて神感ある事 二六九、久我雅実胡飲酒を多忠方に伝へ、秦公貞採桑老を多近方に伝授の事 二七〇、多近方、採桑老を舞ひたる事 二七一、大神元政、秘曲を多近方に伝授の事 二七二、保延元年正月、朝覲行幸に多忠方胡飲酒を舞いて叡感を蒙る事 二七三、豊原時秋、垣代の笙の音取を勤むる事並びに大神正賢垣代の笛を吹く事 二七四、保延三年六月、宇治左府頼長の宿所並びに院の御所にて御遊の事 二七五、宇治の一切経会に清延牙の笛吹く事 二七六、蘇合香演奏につき諸説ある事 二七七、頼能・宗俊・宗能等万秋楽を責伏せて吹く事 二七八、白河院、筝を弾じ給ふにその音鐘の声に似たる事 二七九、烏羽院八幡に御幸、御神楽の笛を吹かせ給ふ事 二八〇、仁和寺の一切経会に狛光時、颯踏・急声二反を舞ひ、狛行則一反を舞ふ事 二八一、崇徳院青海波を御覧の折、垣代不足にて武者所を召し立てられたる事 二八二、久安三年九月、鳥羽法皇天王寺へ行幸、念仏堂にて管弦の事 二八三、久安三年十一月、鳥羽院にて舎利講並びに御遊の事 二八四、久安六年十二月、大宮隆季夢に依りて抜頭の面形を左近衛府に返す事 古今著聞集 巻第七 能書 第八 二八五、(序)尺牘の書疏は千里の面目なる事 二八六、嵯峨天皇、弘法大師と手跡を争ふ事 二八七、弘法大師等大内十二門の額を書く事並びに行成美福門の額を修飾の事 二八八、小野道風、醍醐寺の額を書く事 二八九、法性寺忠通、小筆を以て屏風に大字を書く事 二九〇、大納言の大別当、清水寺の行成筆の額を修復の事 二九一、法深房、持仏堂楽音寺の額を行成七代の孫行能に依頼の事 二九二、行成・伊房能書の誉れの事(抄入) 二九三、弘法大師を五筆和尚と称する事(抄入) 術道 第九 二九四、(序)推古天皇以来の術道の伝承の事 二九五、陰陽師晴明、早瓜に毒気あるを占ふ事 二九六、陰陽師吉平、地震を予知する事 二九七、九条大相国伊通浅位の時、井底を望みて丞相の相を見る事 二九八、中原貞説医書に通ずる事 二九九、播磨の相人、野宮左府公継を幼時に相する事 三〇〇、後鳥羽院、陰陽頭在継をして千手経の紛失を占わしめ給ふ事 古今著聞集 巻第八 孝行恩愛 第十 三〇一、(序)孝の意義とその価値の事 三〇二、赤染右衛門大江挙周母子が恩愛の事 三〇三、久我大相国雅実幼少の時、外祖父隆俊の沓を懐中の事 三〇四、京極大御殿師実の北の政所の不例に大臣三人伺候の事 三〇五、笛の名手大納言重通、重病の楽人頼能の病床を親しく見舞ふ事 三〇六、宇治内大臣頼長、師恩を重んずる事 三〇七、左中弁師能、夢に亡父師頼より逸書の所在を教へられたる事 三〇八、宇治左府頼長、父忠実に寵愛せらるる事 三〇九、高倉天皇、御母建春門院に朝覲行幸の事 三一〇、法探房、秘事口伝を尾張内侍に伝授の事 三一一、元正天皇の御時、美濃国の賤しき男孝養に依りて養老の酒を得たる事(抄入) 三一二、白河院殺生禁断の時、貧僧孝養の為に魚を捕ふる事(抄入) 三一三、随身公助、逃げずして父の随身武則に打たれる事並びに孝養の道の事(抄入) 三一四、中納言顕基、出家の後子の俊実を思い遣る事(抄入) 好色 第十一 三一五、(序)伊弉諾・伊弉冉二神以来の陰陽和合婚嫁因縁の事 三一六、中関白道隆、馬内侍に忍びて通ふ事 三一七、儀同三司伊周、三条后宮の女房暁に罷出づるを導きて詠詩の事 三一八、後向きに車に乗りたる道命阿闍梨、和歌を以て和泉式部に答ふる事 三一九、刑部卿敦兼の北の方、夫の朗詠に感じ契を深うする事 三二〇、左大弁宰相源経頼の撰びたる二人の聟君の事 三二一、尾張守孝定、朗詠によりて曙を告げ申す事 三二二、後白河院の御所にして小侍従が懺悔物語の事 三二三、仁和寺覚性法親王の寵童千手・三河の事 三二四、或る宮腹の君、うとくなりたる上達部に和歌を贈る事 三二五、頭中将忠季、督典侍に絵を贈り逢い初めたる事 三二六、大宮権亮女房の局を出る時、直衣を後ろ前に着用の事 三二七、野宮公継、内裏の女房と契りて我願既満の句を誦する事 三二八、宮内卿、男疎遠になりける時和歌を詠む事 三二九、大原の辺の尼、手籠めにされ後身を隠す事 三三〇、慶澄注記の伯母、好色によりて死後黄水となる事 三三一、後嵯峨天皇、なにがしの少将の妻を召す事(抄入) 三三二、或る男、局の辺にて扇のかなめを鳴らすに、女房、歌にて不都合を告げたる事(抄入) 古今著聞集 巻第九 武勇 第十二 三三三、(序)武の七徳とその意義の事 三三四、嵯峨天皇と坂上田村丸、白河院と平忠盛の事 三三五、源頼光、鬼同丸を誅する事 三三六、源義家、衣川にて安倍貞任と連歌の事 三三七、源義家、大江匡房に兵法を学ぶ事 三三八、源義家、安倍宗任を近侍せしむる事 三三九、源義家、或る法師の妻と密会の事 三四〇、渡辺番、所縁による赦免を拒み、奥州攻めの勲功に依りて許さるる事 三四一、左衛門尉貞綱、強盗に逢ひて逃ぐる事 三四二、宇都宮頼業、宇治川の水底にて鎧を脱ぐ事 弓箭 第十三 三四三、(序)弓箭の芸は、その勢専一なる事 三四四、延長五年四月、内裏にて小弓の負態の事 三四五、長暦二年三月、野宮にて小弓の会の事 三四六、寛治八年八月、滝口大極殿にて賭弓の事 三四七、弓の手利き季武が従者、季武の矢先を外す事 三四八、源むつる、勅定に依りて殺さぬやうに鯉とみさごを射る事 三四九、上六大夫、たうの鳥の羽を損ぜぬやう遠矢にて射落す事 三五〇、賀次新太郎弓の上手の事 三五一、左衛門尉翔、的串の前後を射る事 三五二、左衛門尉助綱、射を能くせざるに冥加によりて誤たずにたうを射落とす事 古今著聞集 巻第十 馬芸 第十四 三五三、(序)神事には競馬を先とし公事には白馬を始とする事 三五四、正暦二年五月、右近馬場の競馬に尾張兼時初めて負くる事 三五五、寛治五年五月、二条大路にて放飼の馬を取りて競馬の事 三五六、悍馬雲分、中門の廊に爪形を付けて飛び出す事 三五七、天治元年十月、鳥羽院高野より還御の途次に競馬の事 三五八、保延三年八月、仁和寺の馬場にて日吉御幸の内競馬の事 三五九、下野敦近、禄を鞭の前に懸けて後鳥羽院の不興を蒙る事 三六〇、秦公景・下野敦景、小五月会の競馬を勤仕の事 三六一、平重盛内大臣拝賀の夜、番長佐伯国方悍馬に乗る事 三六二、播磨府生貞弘、陰陽師の馬を乗り試みて返さざる事 三六三、後白河院の御時、前右大将頼朝馬百疋を献じ、下野敦近に試乗せしむる事 三六四、都筑経家悪馬を御する事 三六五、秦敦頼、七十余歳にして悍馬に乗る事 三六六、建仁三年十二月北野宮寺御幸の折、秦久清賀茂明神の冥護を蒙る事 三六七、新日吉小五月会の競馬に小男の佐伯国文、大男の大江高遠に勝つ事 三六八、坊門大納言忠信、一六と言ふ馬に乗りて、御楔の行幸並びに片野の御狩に供奉、二度の高名の事 三六九、新日吉小五月会の競馬に秦頼峰落馬の事 相撲強力 第十五 三七〇、(序)相撲の特質と安元以来相撲の節絶えたる事 三七一、延長六年閏七月、中の六条院にて童相撲の事 三七二、宗平・時弘相撲の事 三七三、勝岳、重義・常世と相撲の事 三七四、久光、常世に合ひて頭をつめられて悶絶の事 三七五、承徳二年八月、滝口・所衆方をわけて相撲の事 三七六、おこま権守を踏みたる馬、足を損ずる事 三七七、佐伯氏長、強力の女高島の大井子に遇ふ事並びに大井子、水論にて初めて大力を顕はす事 三七八、宇治左府頼長の随身公春が強力の事 三七九、中納言伊実、相撲の上手腹くじりに勝ち、腹くじりは逐電の事 三八〇、畠山重忠、力士長居と合ひてその肩の骨を折る事 三八一、近江国の遊女金が大力の事 三八二、小熊権守伊遠の息男伊成、酒席で広言せる相撲弘光を再度惨敗せしむる事(抄入) 解説 一、説話文学の主題――人物中心―― 二、編者橘成季と著作年代 三、百科全書的な構成 四、本文と後記補入の問題 五、文学としての特質――その一―― 付録 主要原漢文 序、二、五、六、一七 三八、四〇、四二 四九、五三、五六、七三、八七、一二〇 一二〇、一七八、二五五、二八七 三〇一、三三三 京都近郊図 京城図 大内裏図 寝殿 楽器・車 衣裳1 衣裳2 衣裳3 衣裳4 賭弓・馬場 古今著聞集・下 目次 細目 凡例 古今著聞集 巻第十一 画図 第十六 三八三、(序)画図は、自ら想ひ心に遊ぶ閑中の玩たる事 三八四、紫宸殿賢聖障子並びに清涼殿等の障子の画の事 三八五、仁和寺御室に金岡が画ける馬、近辺の田を食ふ事 三八六、花山院、書写上人性空の像を写さしめ給ふ事 三八七、巨勢弘高、地獄変の屏風並びに千体不動尊を書く事 三八八、巨勢公忠、自画の屏風に必ず署名したる事 三八九、小野宮実頼、常則他行のため、公望に衝立障子に松を書かせたる事 三九〇、為成、一日が中に宇治殿の扉絵を書く事 三九一、成光、閑院の障子に鶏を書く事 三九二、絵師良親、屏風二百帖に絵を書く事 三九三、永承五年四月、麗景殿女御絵合せの事 三九四、玄象の撥面の絵様の事 三九五、鳥羽僧正、絵を以て供米の不法を諷する事 三九六、鳥羽僧正、侍法師の絵を難じ、法師の所説に承伏の事 三九七、後白河院の御時、松殿基房年中行事絵に押絵の事 三九八、絵難房、必ず絵を批難の事 三九九、伊予入道、幼少の時不動明王の像を書く事 四〇〇、右大将頼朝、御宝蔵の絵を拝見せざる事 四〇一、後烏羽院、御あらましの御幸の絵を藤原信実に書かせ給ふ事 四〇二、順徳院御位の時、蔵人孝道に撥面の絵を尋ね給ふ事 四〇三、後堀河院の御時、絵づくの貝おほひの事 四〇四、後堀河院の御時、左京権大夫信実をして、北面等の影を書かしめ給ふ事 四〇五、絵師賢慶が弟子の法師、その絵に依りて勝訴の事 四〇六、光明峰寺道家、左大臣実経の為に一条室町の御所修理の事 蹴鞠 第十七 四〇七、(序)蹴鞠の逸遊は文武天皇大宝元年に始まる事 四〇八、後二条師通、白河の斎院にて鞠の会の事 四〇九、知足院忠実、白河の辺にて鞠会の事 四一〇、侍従大納言成通の鞠は凡夫の業に非ざる事 四一一、賀茂神主家平、二重鞠を見分くる事 四一二、安元御賀の時、刑部卿頼輔賀茂神主家平に上鞠の故実を聴く事 四一三、治承三年三月、御方違の行幸に七条殿の御壺にて御鞠の事 四一四、後鳥羽院を御鞠の長者と号し奉るべき由、按察使泰通等表を奉る事 四一五、順徳院御位の時、高陽院殿に行幸御鞠の事 四一六、四条院御位の時、仁寿殿東向の御壺にて御鞠の事 古今著聞集 巻第十二 博奕 第十八 四一七、(序)天武天皇、王卿等を喚びて博突せしめ給ふ事 四一八、惟喬親王、双六の質に小野宮を取り給ふ事 四一九、延喜四年、右少弁清貫と寛蓮法師と囲碁の事 四二〇、碁勢法師、囲碁の賞に依りて銀の笙を賜る事 四二一、承平七年、右大臣家の饗に中務卿宮と右大臣と囲碁の事 四二二、久安元年の列見に、朝所にて囲碁の事 四二三、花山院右大臣忠経の侍、妻の懇志に依り七半に勝ちて後、出家の事 四二四、後鳥羽院の御時、伊予国の博打者天竺の冠者が事 四二五、修理大夫時房の前にして、双六の勝負の事 四二六、建長五年十二月、法深房と刑部房囲碁の勝負に付き争論の事 偸盗 第十九 四二七、(序)盗賊は刑獄の法たる事 四二八、琵琶の名器元興寺の事 四二九、盗人、博雅の三位の篳篥を聴きて改心の事 四三〇、篳篥師用光、臨調子を吹き海賊感涙の事 四三一、澄憲法印、奈良坂の山賊を教化の事 四三二、朱雀門の上に女盗人病臥の事 四三三、検非違使別当隆房家の女房大納言殿、強盗の事露顕して禁獄の事 四三四、中納言兼光検非違使別当の時、腰居の盗人を内問の事 四三五、弓の上手正上座行快、海賊を射退くる事 四三六、後鳥羽院、強盗の張本交野八郎を召取らるる事 四三七、承久の頃、所衆行実の搦め取りたる盗人、北の陣にて詠歌の事 四三八、木幡にて捕へられたる盗人詠歌の事 四三九、弓取の法師が臆病の事 四四〇、倫盗、空腹に堪えず灰を食ひて悪心を翻す事 四四一、強盗の棟梁小殿平六の事 四四二、鞍馬詣の者、市原野を過ぎ盗人に遇ひたるを聞きて慶算詠歌の事 四四三、澄恵僧都童の時、手箱の失せたる由を聞きて詠歌の事 四四四、澄恵僧都、蕎麦盗人の歌を詠む事 四四五、山守縁浄法師、蕨盗人の歌を詠む事 四四六、恵心僧都の妹安養の尼、盗人に逢ひて奇特の事(抄入) 古今著聞集 巻第十三 祝言 第二十 四四七、(序)流俗の習ひ、境に触れ事に随ひて、みな佳祝をなす事 四四八、延長二年十二月、内裏の御賀に中宮の御方より楽器を献上の事 四四九、承平四年三月、皇太后穏子五十算の御賀の事 四五〇、康和四年二月、御賀の試楽の事 四五一、仁平二年正月、鳥羽法皇五十算の御賀の事 四五二、建長元年十二月、日吉禰宜成茂七十賀の事 哀傷 第二十一 四五三、醍醐天皇の山陵に御硯・御書等を入れ奉る事 四五四、七歳の孤児、空也上人の詠歌を解し慰められたる事 四五五、法興院入道殿葬送の夜、万人騒動の事有るに道長自若たる事 四五六、後中書王具平親王、雑仕を最愛せられたる事 四五七、藤原敦光、江帥の旧宅を過ぐとて秀句の事 四五八、二条右衛門佐重隆、没後に冥官となる事 四五九、菅登宣が夢に、故式部権少輔成佐、地獄の苦を語る事 四六〇、鳥羽院御葬送の夜、西行法師詠歌の事 四六一、二条院崩御の後、中納言実国白河院に参りて詠歌の事 四六二、高倉院の女房出家の後、大納言実国かの女房に歌を申し遣はす事 四六三、後京極良経、夢に冷泉内大臣良通と逢ひ、六韻の詩を和する事 四六四、後京極良経、夢に冷泉内大臣良通と逢ひ、六韻の詩を和する事 四六五、西行法師、釈迦入滅の日の往生を願ふ事 四六六、建永元年三月、後京極良経曲水宴を催さんとし、日到らざるに俄かに逝去の事 四六七、中御門中納言宗行、菊川の遊女が家の柱に、秀句と和歌を書付くる事 四六八、後高倉院七々日忌仏事に、導師聖覚法印、御祖母七条院の沙汰にて御追善の文を唱する事 四六九、壬生二位家隆、七首の和歌を詠じて往生の事、並びに侍従隆祐詠歌の事 四七〇、四条天皇崩御葬送の事 四七一、侍従隆祐、明義門院の薨去を聞きて詠歌の事 四七二、花山院御出家の事(抄入) 古今著聞集 巻第十四 遊覧 第二十二 四七三、(序)周覧の遊びは、春夏秋冬それぞれに、その興甚だ多き事 四七四、寛治六年十月、堀川院殿上逍遥の事 四七五、白河院、深雪の朝小野皇太后宮の許へ雪見の御幸の事 四七六、白河院、深雪の夜馬場殿へ御幸の事 四七七、保安五年閏二月、白河・鳥羽両院御同車にて白河の花御覧の事 四七八、承元五年閏正月、九条大納言道家、内侍等を引き具して雪中の鷹狩を見る事 四七九、亭子院の御時、大井川行幸に紀貫之和歌の仮名序を書く事(抄入) 古今著聞集 巻第十五 宿執 第二十三 四八〇、(序)宿執は天性の染着する所なる事 四八一、高陽院の競馬に、狛助信尾張種武に勝ち、共に落馬して死する事 四八二、承保二年八月、高陽院競馬に、下野助友秦近重に勝ち、落馬して頓死の事 四八三、宇治殿頼通、平等院の居間に執心の事 四八四、僧広清・円久・円善、没後に法華経読誦の事 四八五、堂僧済範、音楽に耽り最後の時万秋楽を聞きて遷化の事 四八六、伶人時資、白河院の勅定を拝辞して、御寵童二郎丸に秘事を授けざる事 四八七、六波羅別当長慶、最後の時、時元が秋風楽を聞きて入滅の事 四八八、徳大寺左大臣実能が宿執の事 四八九、孝博入道、管絃に執心の事 四九〇、京極大相国宗輔、生前死後笛に執心の事 四九一、知足院忠実、宿執にて筝を弾ずる事 四九二、藤原守光、重病を冒して薩摩より釈奠に馳せ参ずる事 四九三、藤大納言実国、子息の肩に係り清暑堂に参りて神楽の事 四九四、西行法師、後徳大寺左大臣実定・中将公衡等の在所を尋ぬる事 四九五、うへすぎの僧都、法執に依りて死後鬼となる事 四九六、妙音院師長よりの啄木の曲の伝授をめぐる、藤原孝道と二条大納言定輔の確執と執念の事 四九七、法深房孝時と七歳の嫡女、芸道執心の事 四九八、全舜法橋、臨終に木工権守孝道を招きて万秋楽序を聴く事 四九九、大神基政、陵王の荒序を基賢・宗賢・景賢・景基と嫡々相伝の事 五〇〇、建長二年八月十四日、葉室定嗣出家の時、宿執に催されて詩歌を作る事 闘諍 第二十四 五〇一、(序)闘諍は未だしきに慎むべき事 五〇二、保延六年夏、滝口源備、宮道惟則と闘諍の事 五〇三、仁平元年九月賀茂行幸に、随身秦公春狼藉者を溺め捕る事 五〇四、静賢法印家の力者馬允某、小冠者と闘諍の事 五〇五、千葉介胤網、三浦介義村を罵り返す事 五〇六、天福元年祇園十列の折に、秦兼友秦久清の狼藉を訴ふる事 古今著聞集 巻第十六 興言利口 第二十五 五〇七、(序)興言利口は当座に笑を取り耳を驚かす事 五〇八、大納言経信、下野敦末を不幸の者の十列と評する事 五〇九、知足院関白忠実、侍を勘当の事 五一〇、藤原有盛、主君宇治左府頼長に逢ひ、装束を着用に及ばず周章下車したる事 五一一、蔵人判官範貞、内覧の大臣頼長を見知らざる事 五一二、中納言家成、黒馬を下野武正に与ふる事、並びに所領の沙汰の者、馬ねぶりの事 五一三、下野武正、山崎を領知の事、並びに競馬に負けて酒肴を供する事 五一四、修理大夫行通大蔵卿に昇任せし時、或る人に返歌の事 五一五、ある房官、あがり馬六の葦毛に乗りて落馬の事 五一六、二条中納言実網家にて、侍ども雨の夜試胆の事 五一七、秦兼国、摂籙松殿基房の春日詣に供奉、官人に召さるる事 五一八、秦兼任召次の長になりたる時、年来の独り従者を踏み責めたる事 五一九、妙音院入道師長、孝道の不参に依りて勘発の事 五二〇、近江法眼寛快、供米の不法を諷する事、並びに文覚と相撲の事 五二一、普賢寺入道基通、粟田口大納言忠良と比興の和歌を贈答の事 五二二、皇后宮大夫俊成の口ずさみに、ある女房連歌の事 五二三、北院の御室守覚法親王、老狂女と問答の事 五二四、北院の御室、随身中臣近武が袴際を執し、上童に着せさせ給ひたる事 五二五、一条二位入道能保の随身下太友正、人喰ふ犬を打擲の事 五二六、下野武守、その女を秦頼武に嫁せしむる事 五二七、坊門院の蒔絵師某、大仮名にて返事の事 五二八、坊門院侍長兵庫助則定、雑仕の老女小松を最愛の事 五二九、たつみの権守、六波羅にて問注の事 五三〇、下野武景が異名、善知識の府生の事 五三一、泰覚、南都の僧六人の六首に、一首にて返歌の事 五三二、治部卿兼定が侍馬允某、増円法眼と連歌して荒言の事 五三三、増円法眼、うとめ増円と称せらるる事 五三四、進士志定茂、行縢の着方を知らざる事 五三五、馬助入道の中間男中太冠者、行縢の片方を着用の事 五三六、承元二年十月、進士定茂文殿の作文に夏の袍を着て参る事、並びに新調の車を雨に濡らさざる事 五三七、下野種武、大仮名にて散状書く事 五三八、順徳院の御時、恪勤者某傍輩と賭け、内裏の番替りに高足駄にて油小路を通行の事 五三九、小川滝口定継が下人某、寝惚けて中将実忠を召出す事 五四〇、七条院の権大夫、孝道と和歌を贈答の事 五四一、七条院の女房、備後・越前・尾張等の機智に富める言葉だたかひの事 五四二、七条院の屁ひりの判官代に、孝道療治の法を教示の事 五四三、聖覚法印の力者法師、築地の崩れを築く者どもの話を聞きとがめ罵りたる事 五四四、外宮権禰宜度会盛広、妻に筑紫女を抱懐したしと請ふ事 五四五、山僧、児を具して竹生島へ参り、老僧の水練を見る事 五四六、ある宮腹の女房の局にて、みそか法師尿を漏らす事 五四七、蔵人某の妻、珍らしき素服の事 五四八、大女と小男と同衾の事 五四九、中間法師・山臥・鋳物師同宿し、山臥鋳物師を装ひ、片釜進呈を約して、家主の遊女を犯す事 五五〇、ある女房、よき声の念仏者に恋着の事 五五一、ある僧一生不犯の尼に恋着し、女と偽りてその尼に仕へて思ひを遂ぐる事 五五二、南都の一生不犯の尼、臨終に念仏を唱へざる事 五五三、ある僧説法の導師となり、ひそかに約して尼公を泣かしむる事 五五四、周防国曾禰の領主が童、わが母を領主にすすむる事 五五五、能書の智了房無沙汰の事 五五六、坊城三位入道雅隆、正月朔日の餅鏡の事 五五七、坊城三位入道雅隆が五七日忌の導師阿闍梨順聖の説法比興の事 五五八、嵯峨釈迦堂の通夜に、ある僧朗詠し、孝道色代の事 五五九、双六の勝負に、隣家の僧越前房のさかしらの差出口を孝道入道、腹に据ゑ兼ねたる事 五六〇、前大和守時賢が墓守、弓の上手を誇示せんとして鹿を取り逃がす事 五六一、縫殿頭信安、強盗を制せんが為家に竹の節を散らし置き、近火に周章転倒の事 五六二、田舎侍為俊、壬生二品家隆家の加冠に、比興の名付けの事 五六三、僧円慶ひえどりの毛をむしるに、家隆詠歌の事 五六四、尾張内侍、簾中にして少納言阿闍梨某の朗詠を評する事 五六五、橘蔵人大夫有季入道の青侍、不運の事 五六六、ある上達部、左府入道隆忠を知らずして、嵯峨辺りの一老僧と思ひ失礼したる事 五六七、左衛門尉某、烏帽子を着用せずして、前隠岐守永親を訪ぬる事 五六八、将軍入道頼経はじめて上洛の時、若女房奉行の武者に連歌の事 五六九、四条院崩御の時、醍醐大僧正の弟子某比興の消息の事 五七〇、寛元御楔に、院の御桟敷の前にて、馬允某三度名のりの事 五七一、宝治の日吉御幸に、供奉の侍染め損じたる狩衣を着用の事 五七二、建長元年閑院殿焼失の翌日、宮左衛門某、大納言二品局へ参る事 五七三、建長四年維摩会の延年に、春日社の神人季網を鼓打ちに召す事 五七四、少将入道善忍の下人興言の事 五七五、兵庫頭仲正秘蔵の美女沙金をめぐる争ひに、佐実髻を切らるる事(抄入) 五七六、高倉宰相茂通と栄性法眼と交遊・放逸の事(抄入) 五七七、権漏刻博士季親が連句の事(抄入) 五七八、賀縁阿闍利に濫行肉食の人と誹謗され、慈恵僧正起請文を書く事(抄入) 古今著聞集 巻第十七 怪異 第二十六 五七九、(序)怪異の畏れ古今慎しむべき事 五八〇、延長八年七月、流星怪雲等出現の事 五八一、天慶三年十二月、出雲国の黒島俄かに消失の事 五八二、天慶四年正月、出雲国島根・楯縫両郡の境に氷塔出現の事 五八三、後朱雀院、四条御屏風の上に怪人を御覧じて、崩御の事 五八四、保延六年秋、崇徳院夢に白河僧正増智を見給ひて後、御不例の事 五八五、治承二年六月、流星地に落ちる事 五八六、治承四年四月、大辻風の事 五八七、清長卿貫主の時、船岡にて冠の怪異の事 変化 第二十七 五八八、(序)変化は千変万化して人心を惑はせどもその信を取り難き事 五八九、仁和三年八月、武徳殿の東の松原に変化の者出づる事 五九〇、延長七年四月、宮中に鬼の足跡の事 五九一、延長八年六月、右近の陣に変化現はれたる事 五九二、延長八年七月、下野長用殷富門武徳殿の間にて鬼神と出会ふ事 五九三、承平元年六月、弘徽殿の東欄に変化出現の事 五九四、天慶八年八月、内裏に群馬の音聞え、鬼と馬の足跡残りたる事 五九五、二七日の秘法に依りて、琵琶玄象あらはれたる事 五九六、水餓鬼、五宮の御室の許にあらはれたる事 五九七、久安四年夏、法勝寺の塔上にて天狗詠歌の事 五九八、二条院の御時、南殿に変化の事 五九九、承安元年七月、伊豆国奥島に鬼の船着く事 六〇〇、東大寺の春舜房、上醍醐にて天狗に浚はるる事 六〇一、近江守仲兼、東寺の辺にて僧形の変化に出会ふ事 六〇二、庄田頼度、八条殿の変化を捕縛する事 六〇三、薩摩守仲俊、水無瀬山中の古池にて変化を捕ふる事 六〇四、建保の比、大原の唯蓮房法験に依りて天狗の難を遁るる事 六〇五、建保の比、御湯殿の女官高倉が子あこ法師失踪の事 六〇六、大納言泰通、狐狩りを催さんとするに、老狐夢枕に立つ事 六〇七、斉藤助康、丹波国へ下向し古狸を生捕る事 六〇八、三条前右大臣実親の白川の亭に、古狸飛礫を打つ事 六〇九、観教法印が嵯峨山庄に飼はれたる唐猫、変化の事 六一〇、仁治三年、大嘗会に、外記庁内のもちの木の梢に臥せる法師の事 六一一、仁治の頃、伊勢国書生の庄の法師上洛の帰途天狗に逢ふ事 古今著聞集 巻第十八 飲食 第二十八 六一二、(序)食は人の本にして酒は三友の一なる事 六一三、中関白道隆沈酔の事 六一四、寛弘三年三月、一条院に行幸酒宴の事 六一五、万寿二年正月、関白頼通以下大后・皇太后宮へ参り盃酌の事 六一六、道命阿闍梨、そまむぎの歌を詠む事 六一七、禅林寺僧正深覚、瓜の歌を詠む事 六一八、長谷前々大僧正覚忠、俊恵法師と粽の歌を贈答の事 六一九、知足院忠実、筝の師匠中納言宗輔を饗応の折、道良朝臣瓶子をとる事 六二〇、左京大夫顕輔、証尊法印と連歌の事 六二一、左京大夫顕輔、青侍と連歌の事 六二二、式部大輔敦光、奈良法師と飛烏味噌を連歌の事 六二三、法性寺忠通、元三に皇嘉門院にして菓物を参る事 六二四、鳥羽院御位の時、侍読菅原在良に酒を賜ふ事 六二五、保延三年九月、仁和寺宝金剛院の仙洞に行幸の事 六二六、保延六年十月、白河の仙洞に行幸の事 六二七、中院右大臣雅定、鳥羽殿にて秘蔵の手を尽して舞ふ事 六二八、仲胤僧都、法勝寺八講に遅参、追ひ出されて籠居し詠歌の事 六二九、観知僧都、平茸を九条相国に贈るとて詠歌の事 六三〇、源俊頼、田上にして法師子の稲を詠歌の事 六三一、大外記頼業、中御門左大臣経宗の家に参るたびごとに飲酒の事 六三二、文治の頃、後徳大寺右大臣実定、徳大寺の亭に作泉を構へて饗宴の事 六三三、暁行法印並びに寂蓮法師、瓜の歌を詠む事 六三四、藤井入道実教、梶井宮に参りて盃酌の折、行算房に柚を切らしめたる事 六三五、新蔵人邦時、分配を行ひ奔走の事 六三六、法眼長真、麦縄の歌を詠む事 六三七、藤原季経、泰覚法印の許へ瓜を遣はして写経を乞ひ、法印詠歌の事 六三八、九条前内大臣基家、壬生家隆に雪を進め、二条定高に雪を贈る事 六三九、壬生家隆、所労によりて蓮の実のみを食し、坊城殿の池の蓮の実を所望したる事 六四〇、醍醐大僧正実賢、餅を焼きて眠るに、恪勤者江次郎これを取りて喰ふ事 六四一、石泉法印祐性、篠の歌を詠む事 六四二、聖信房の弟子ども茎立を煮るを見て、その座の人連歌の事 六四三、相国入道、山蕨を贈られて返歌の事 六四四、三条中納言某卿、大食の事(抄入) 六四五、老侍、大鴈を喰はずして詠歌の事(抄入) 古今著聞集 巻第十九 草木 第二十九 六四六、(序)草木に生枯あり、花に開落あり、何れも変衰遁れざる事 六四七、延喜十三年十月、新菊花合せの事(抄入) 六四八、貞信公忠平なつめを愛し、式部卿親王家よりなつめの名木を花山院の庭前に自ら移植の事 六四九、天暦七年十月、殿上残菊合せの事 六五〇、南殿の桜は式部卿重明親王家より移植の後、度々焼亡の事 六五一、康保三年閏八月、清涼殿西の小庭に前栽を植ゑて管絃の事 六五二、天禄三年八月、規子内親王野宮に前栽を植ゑて歌合せの事 六五三、宇治頼通、四条大納言公任と春秋の花の勝劣を論ずる事 六五四、長元元年十二月、昭陽舎の桜を清涼殿東北の庭に移植の事 六五五、永承六年五月、内裏にして菖蒲根合せの事 六五六、大宰帥経信任官下向の途、筑前莚田の駅にして、館前の槻を伐りて観月の事 六五七、大江匡房の「進上水辺菖蒲」の状を、弼少将師頼判読して、一首の歌に詠む事 六五八、嘉保二年八月、白河上皇鳥羽殿にして前栽合せの事 六五九、長治二年後二月、殿上花合せの事 六六〇、嘉応二年九月上旬、京中の桜・梅・桃・李開花の事 六六一、円位上人、熊野詣の途次かつみを葺く宿を見て詠歌の事 六六二、承元四年正月の比、冷泉中将定家、南庭の八重桜の枝を折り取る事 六六三、順徳院の御時、侍従宰相定家、大蔵卿為長をして菊花を詠ぜしめ給ふ事 六六四、順徳院の御時、内裏花合せに非蔵人孝道大きなる桜の枝を奉る事 六六五、泰覚法印、五月五日菖蒲を贈りて詠歌の事 六六六、嘉禄二年九月、台盤所御壺の楓の初紅葉に就き、蔵人永継即答の事 六六七、二品時賢家の柳三本、関白より召され移植したる二本まづ枯れ、本所の残木一本も亦枯れたる事 六六八、建長元年二月、前太政大臣実氏家を行幸内裏とせられたる頃、後嵯峨院梅花を詠じ給ふ事 六六九、侍従隆祐、白河の花見に人を誘ひ、不参によりて歌を贈る事 六七〇、金光院に移植の桜に歌を結びつくる事 六七一、松樹を貞木と称する事、並びに菅原道真、大宰府にして我が宿の梅を詠む事(抄入) 古今著聞集 巻第二十 魚虫禽獣 第三十 六七二、(序)禽獣魚虫、皆思ふ所有るに似たる事 六七三、右近少将広継、大宰府に下り、時の間に千五百里の道を通ふ龍馬を得たる事 六七四、桓武天皇、御政務の後衣冠を解脱して、御鷹を庭中に召す事 六七五、延喜の野の行幸に、御犬御剣の石突を銜へ来たる事 六七六、承平の比、狐数百頭東大寺の大仏を礼拝の事 六七七、永延元年五月、鴾毛の馬競馬に負け、思入りて頓死の事 六七八、一条院の御時、ひぢの検校豊平よく鷹を飼ふ事 六七九、御堂関白道長、神物の牛を懼るる事 六八〇、紀躬高の前身の猿、乙寺にて法華経を尊信礼拝の事 六八一、或る男、朱雀大路にて女狐の化したる美女に遇ひて契る事 六八二、山城国久世郡の娘、観音経の功徳と蟹の報恩とにより、蛇の難をのがれ得たる事 六八三、寛治五年十月、殿上にて小烏合せの事 六八四、嘉保二年八月、殿上人嵯峨野に虫を尋ぬる事 六八五、嘉保二年冬の比、石見守宗季唐の鷹を得たる事 六八六、宰相中将の乳母が飼ひ猫の事 六八七、或る貴所の飼ひ猫、鼠雀等を取るも食はざる事 六八八、久安の比、西国の人、知足院忠実に毛生ひたる亀を献上の事 六八九、後白河院の御時、兵衛尉康忠死後犬となりて院中に祗候の事 六九〇、承安二年五月、東山仙洞にして公卿侍臣以下を左右に分ちて鵯合せの事 六九一、承安二年、菅行衡祇園会を見る折、牛狼藉の事 六九二、東大寺春豪房並びに主計頭師員、蛤を海に放ち、夢に愁訴を受くる事 六九三、文治の比、伊賀国の住人の娘、三室池の龍に取らるる事 六九四、摂津国ふきやの下女昼寝せしに、大蛇落ち懸かる事 六九五、渡辺の薬師堂にて、大蛇釘付けられて六十余年生きたる事 六九六、或る京上りの田舎人に白虫仇を報ずる事 六九七、文覚上人、高尾にて三匹の猿、烏を捕りて鵜飼を模するを見る事 六九八、常陸国の猿、飼ひ主の上人の如法経写経を援助成功せしめたる事 六九九、建保の比、北小路堀河辺の女、熱湯を注ぎて蛇を殺し、祟に依りて死する事 七〇〇、武田太郎信光の生捕りたる猿の事、並びに同五郎信正木に追ひ上げたる猿、被射を免れんとして牝鹿を指す事 七〇一、近江国勝覚阿闍梨が父の飼ひ牛、阿弥陀経を呻く事 七〇二、野宮左府公継一上の時、大外記師季に牛犬鴨唐人烏帽子等を賜ふ事 七〇三、二条中納言定高、放生会に馬を借るとて、二条宰相雅経に和歌を贈る事 七〇四、宮内卿家隆、秘蔵の鵯荻葉を侍従隆祐に預くる事 七〇五、後久我太政大臣通光、秘蔵の鵯おもながを壬生家隆に贈る事 七〇六、二条中納言定高、斑鳩を壬生家隆に贈るとて詠歌の事 七〇七、蔵人所下人末重等、丹波国桑原の山にて大蛇の難に遇ふ事 七〇八、伊予国矢野保の黒島の鼠、海底に巣くふ事 七〇九、宮内卿業光、尼の哀願するを夢みて後、螺を食はざる事 七一〇、寛喜三年夏、高陽院の南大路にて蝦合戦の事 七一一、五代民部丞が飼ひ犬鳥を食はざる事、並びに平行政が飼ひ犬断食の事 七一二、伊勢国別保の浦人、人魚を獲て、前刑部少輔忠盛に献上の事 七一三、馬允某、陸奥国赤沼の鴛鴦を射て出家の事 七一四、天福の比、或る殿上人片輪の鴨を飼ふ事 七一五、大津の葦毛馬、雨に逢ひて土葦毛となる事 七一六、足利左馬入道義氏の飼い猿、能く舞いて纏頭を乞ふ事 七一七、豊前国住人太郎入道、母子猿の相愛に感じて、猿を射るを止むる事 七一八、摂津国岐志の熊鷹、大蛇を食ひ殺す事 七一九、阿波国智願上人の乳母の尼、死後化生して馬となり、上人に奉仕の事 七二〇、或る僧の妻嫉妬して蛇と化し、夫の件の物に食ひ付く事 七二一、或る殿上人、右府生秦頼方の進じたる都鳥を橘成季に預けらるる事(追加補入) 七二二、唐土北叟が馬の事(抄入) 七二三、孫叔敖、楚の襄王を諫むる事(抄入) 七二四、衛の懿公、鶴を愛して士を賞さず、遂に国を亡ぼす事(抄入) 七二五、荘子、弟子に諭す事、並びに藤原篤茂が長句の事(抄入) 七二六、伶人助元、左近府の下倉に召籠められ、笛を吹きて大蛇の難を免るる事(抄入) 解説 六、「中世説話文学時代」の切断面 七、後記補入の問題 八、文学としての特質――その二―― 九、本書の底本、対校本について 〔参考文献〕 付録 主要原漢文 三八三、四二七、四四七、四七三、四八〇、五〇〇、五〇一 五〇七、五七八、六一二、六四六、六四七、六七二、七二一、七二六 人名・神仏名索引 あーあつ あつ、いーいち いち、う、え(ゑ)、お(を)ーおこ おの、かーかんし かんし、き く、け、こーこし こす、さーさだ さだ、しーしげ しげーしよ しよ、すーすず すと、せ、そ、たーたか たか、ちーちか ちか、つ、て、とーとう とう、なーなか なか、に、ぬ、のーのり のり、は、ひ、ふ、へ、ほーほう ほう、ま、みーみち みち、む、め、もーもと もと、や、ゆーゆき ゆき、よーより より、ら、り、れ、ろ、わ